2003.12.30 偉くならないこと(40歳記念その27) 僕も40歳になりましたが、僕のまわりの友達も同じような年齢になっている人が多くいます。会社に勤めていると管理職になっている人もいます。 それぞれの人が努力をして得た社会的(一部には会社内の)評価なのでそのような評価をされること自体は素晴らしいことだと思います。さらに昇進する人もいると思います。そのとき、自分だけが素晴らしく他の人は自分の言うがままに動くのがよいと思う人も現れるかもしれません。以前僕がつとめていた会社の社長はそのような人に思えました。他の人から評価され社長になったのだから、優れた人だと思います。その人からは感謝する姿勢や、謙虚な部分が感じられませんでした。 片や、海外で王位継承権を持っていた人、日本のもと領主の末裔の方と話したことがあります。どなたも非常に謙虚な方で、まわりの人に気を遣う優しさを持っている方です。彼らは実際に民を統治することはないのですが、もしそのようなことが起きたら民のための統治ができるように思います。まわりの人を幸せにするあるいは民を幸せにすることによって自分も幸せが得られるという考え方を持っているように思いました。 茶の湯の席で禅の話を聞くことよくあるのですが、僕には禅を理解することはないように思えます。多くを理解し地位を得ても死ぬまで禅を理解するための謙虚に努力を続けることが禅の考え方のようです。禅がわかった、一人前になったと思った時点で始まりにもどるもののように僕には思えます。 僕も成長したいですが、自分が偉いと思わないようにならないといけないですね。