2003.8.5 嘘 20代の頃はその場をうまくすり抜けることができればいいと思い嘘ではないけど本当でもない言い方を時々したいたように思います。嘘ではないけど、相手は勘違いして都合のいいように思ってくれるような言い方で話していたのです。言った本人は嘘ではないのですが、聞いた人は騙されたように感じると思います。 20代後半によくそこまで嘘をつけるなあと思ったことがありました。明らかに嘘だと僕には感じられるのですが、決定的に嘘だと証明することはできないのです。軽く聞き流すような内容ではなかったので、何でわかるような嘘をつくのだろうと不思議に思いました。そして、以降5,6年は人の言うことを鵜呑みにせず、重大なことは一つひとつ吟味しながら聞くようになりました。 阪神淡路大震災で父が亡くなり、父の仕事の続きをすることになったので、注意深く吟味しながら人の言うことを聞く癖がついたことは仕事の上では好都合でした。しかし、個人的にいろいろな人に会っても、その人を信じる事ができないという難点もありました。 また、吟味しながら聞く訓練ができたからか、人の話を聞いていてそのまま聞いたいいのか、嘘(本当でない事)が混ざっているのかつまりつじつまが合っていないかを感覚的に分かるようになってきたように思います。以前は話したあとに自分で話を反芻しないとわからなかったのですが、話を聞いているこの話はおかしいと感じる事が多くなりました。こんな感覚が鋭くなるのは人として幸せかどうかわかりませんが、感覚は鍛えられたのだと思います。 僕自身は悟りを開いた禅僧のように嘘や見栄が全くない人ではありませんが、嘘に対する感覚が鋭くなったからか、嘘や見栄が少しは減り、少しまともな人間に近づけたように自己満足しています。 今思うと、20代後半に僕が嘘だと感じた内容は、その話をした人とっては嘘ではないけど本当でもないといういい方だったように思います。僕も同じ事をしていたのですから天罰だったのかもしれませんが、重大な内容だったので僕には大事件でした。