2002.5.3 中国へ 12年ぶりに中国へ行きました。天安門事件の1ヶ月前、天安門事件の1年後に続き3度目の中国です。昔からある上海虹橋空港着のため空港に到着してもあまり変わっていないように思いました。前回の時の方が入国審査が厳しかったように思います。 杭州行き列車の切符を買いに空港から上海駅へ向かいました。列車はほとんど満席で切符をとれたのは夜8:30分発の夜行列車の堅座です。簡単に食事をし、駅の待合室で待ち列車に乗り込みます。席も予約されているのですが僕の席に人が座っています。この列車は全席指定なのですが、立ち席の切符も売られていて立ち席の人は空いている席に勝手に座ることになっているようです。 僕の席に座っていた人に僕の席の隅に移動してもらい3人席に4人で座ることになりました。座席を持っていない人が座れるかどうかはその人の人間性によるようで、頼んでもみんなに断られる人と、座っている人に声をかけられる人とがいました。 杭州に着きインターネットで予約したホテルにタクシーで向かいました。しかし、フロントの人の回答は「没有」予約もなければ部屋もないとのこと。フロントで他のホテルを手配してもらい、無事泊まることができました。 2002.5.4 杭州 朝食を食べまずは切符を手配します。軟座を確保できました。 西湖を見に行きます。西湖中央にある三潭印月行きの遊覧船は300人以上並んでいるのでまずはバスで白提へ向かいました。朝靄にかすんでいる西湖の柳が美しいと何かに書かれていたのですが、まさにその通り非常に美しい景色です。断橋残雪、白提、放鶴亭、西冷印社とめぐりました。西冷印社は中国の印を研究している(た)研究機関で印に関する様々な本を出版し、実際の印も見ることができます。今、印というと木や石でできた柄が長い印を思い浮かべるのですが、古代には金属製の薄い印が多かったようです。志賀島の金印は縦横高さともほぼ同じですが、古い印はさらに薄く、板のような印が多かったようです。 その後行列が短くなった遊覧船に乗り、湖心亭、三潭印月を見て駅に向かいます。雪舟が書いた西湖の風景を見たかったのですが、杭州滞在中は常に霧がかかっていいて見ることができませんでした。 杭州から蘇州への移動は軟席で、快適でなあまり大半を寝て過ごしました。 夕食は松鶴楼菜館で有名な「松鼠桂魚」をたべました。1口目はさすが有名な料理と思ったのですが、甘さがくどく多くは食べられない料理でした。 2002.5.5 蘇州 朝から寒山寺を見に行きました。寒山と拾徳がいた寒山寺です。ひなびた修行の寺をイメージしていたのですが、中国人観光客、日本人観光客入り交じり人混みで騒々しいお寺でした。 蘇州は庭園で有名なところです。観光案内に載っているだけでも8ヶ所あります。そのうち、抽政園、獅子林、滄浪亭、網師園に行って来ました。滄浪亭が最も古く、抽政園が最も有名で大きな庭です。多くの庭は石組みの中に立体的に路が造られていて迷路のようなおもしろさがあります。石を複雑に組み合わせるために昔は漆喰が使われていたのだと思いますが、現在はコンクリートが多用され、そのコンクリートが見えるため庭を眺める時に少し気になります。庭の石組みや建物もコンクリートづくりになっている場合もあり奇抜さを楽しむという点ではいいかもしれませんが少し残念です。それぞれが比較的大きいのでそのような細かいところを気にせず(大陸的に)楽しむものなのでしょう。 夕食は豫園の入り口にある上海老飯店に行きました。ここで食べた上海素鴨は特筆すべきものでした。上海素鴨とは上海式の鴨に似た味の菜食という意味で湯葉を重ねて甘(うま)煮にしたものでした。雁に似た味の食べ物ががんもどきなので、雁を鴨に変えたようなものです。 夕食後、和平飯店のジャズバーに行きました。OLD JAZZ BANDと古いことが自慢のバンドなのですが、あまりうまくありません。日本人に大サービスのつもりか北国の春も演奏されましたが、原曲を知っている人には違和感のあるものでした。 2002.5.6上海 豫園の庭園を見に行きました。 上海市内の庭豫園を見に行きました。西湖、蘇州の庭とも人混みがひどかったので、豫園はどれだけひどいかと警戒をしながら行きましたが、思ったほどではありませんでした。周囲の市場はひどい混雑でしたが、園内は蘇州の庭と同じぐらいで、ヨーロッパ人の団体と日本人の団体がほとんどなので驚くほどの状態ではありませんでした。 その後上海博物館へ向かいました。入るとまず2階に上海市の変遷についての展示がありました。3階は特別企画で上海博覧会を成功させようというものです。4階は上海市の未来像.... 間違えて上海城市規制展示館に入ってしまいました。 再度上海博物館に向かいます。 最近発掘した青銅器の特別展、常設の特別展、常設の陶磁器展を見ました。日本の美術館にも同様の青銅器はあるのですが、その量、種類、質、大きさとも本場中国のものはスケールが違いました。尊(ラッパ状に開いた口を持つ器。胴体は動物型のものが多い)、鼎(足のついた角形の蓋付き容器)は特にそのように感じました。また、今から3500年前頃には精巧にすかしを入れた武器が作られ、技術と力の歴史を感じました。 また、今から3000年前頃には中国で磁器の生産が始められそのころの磁器が展示されていました。 現在の日本だけを見ていると、日本も中国も甲乙つけがたいように感じますが、過去には日本から、遣唐使、遣隋使など多くの使者を送り中国の技術力、経済力にすがっていたことが容易に理解できます。 書や絵の展示もあるはずなのですが当日は展示をされていませんでした。この展示を探して館内をうろうろしているうちに5時前になりました。放送があり警備員がすぐに退去するように指示します。図録を買おうと1階に降りたのですが、すでに5時を2分ほど過ぎ、ミュージアムショップに向かいましたが、扉は閉まっており、店員の陰もほとんど見えません。5時にきっちりに終わるのです。当然といえば当然なのですが少し延長するサービスがあればと思います。 昼食は揚州料理の揚州飯店で食べました。上海素鴨がおいしかったので、揚式素鴨も食べたかったのですが品切れでした。水晶(鎮江)肴肉は煮こごりのあるハムでまあまあでした。蟹粉獅子斗(頭)は蟹風味の豚ミンチ肉のあんかけ大変おいしいものでした。。 夕食は上海美食街にある東北衣家食府というファミリーレストランのようなところで食べました。珍しそうなものを探し麻辣熊肉を食べました。柔らかめの干し肉に生姜醤油をかけたもので本当に熊の肉かどうかは不明でした。この店は水餃子が多種類有り、水餃子はもともと東北地方の食べ物かもしれません。 列車の切符について 12年前ほどひどくないとはいえ切符売り場には切符を求める人が長く列をなしています。軟座専用の窓口や外国人向け窓口にに行けば少しはましです。さらに、自分の思った列車のチケットはなかなかとれません。立ち席も列車が指定されるので予約が必要なのです。日本にいると列車は自分が思ったものに乗ることができるのですが、中国では計画的に切符を取得し乗る必要があります。思いつきで行動したい私としては勝手の悪いシステムです。 12年前、13年前に行った中国から比べると大変あか抜けしたように感じました。以前は共産国中国を思わせる部分が多かったのですが、今回はほとんどありませんでした。それは中国の良さもなくしている可能性があり少し心配に思います。 13年前に行ったとき日本人に中国語で話しかけられ少しショックだったのですが、今回は往きの飛行機の中から中国語で話しかけられ、最後まで一言めは中国語で話しかけられました。一般の中国人の外見が日本人と似てきたのか、僕が中国人に似てきているのか、謎です。 おしまい。