2000.5浜甲子園界隈の変化 時間ができたときに子供の頃住んでいた甲子園界隈を自転車でまわってみました。 甲子園フェリー 明石海峡大橋開通後廃止された甲子園フェリーの西宮側の港は2度変わり合計3カ所ありました。 最後まで使われていた港はまだ使われていた時とほぼ同じ状態で残っています。 その前に使われていた港は岸壁にその跡が残っていました。 鳴尾港 甲子園の南東に鳴尾港という漁港があります。僕が子供の頃でもあまり漁港として活躍していたようには見えませんでしたが、今は沈みかけた船が放置されゴミ箱のようになっています。2年ほど前の高潮の時に市が水門を閉め忘れたため港の周辺の建物が浸水し問題になったことがあります。洪水の問題か、実際に使われていないからか、この港も埋め立てられてしまい公園になるとのことです。 甲子園浜 僕が子供の頃(1970年代)の甲子園浜(埋め立て地の甲子園浜でなく甲子園の海岸部分のことです)は半日遊んでいても生物を数えられるぐらいしか見つけることができないぐらい汚れていたのですが、その頃と比べると格段にきれいになっています。きれいになったと言っても今の須磨よりは汚いので絶対値で評価するととても汚いと言う領域に分類されると思います。 人工的に作った物も変わっていました。堤防の高さまで積み上げられていたテトラポットもなくなり、コンクリートうちっぱなしの堤防の陸側の道はタイルがひかれきれいに整備されていました。そのままのものもあしました。きれいに変わった堤防の道から見える枝川下水処理場、震災で閉鎖になった厚生年金プールは昔のままでみすぼらしく見えました。枝川の放水口もあまり変わっていません。 甲子園浜の西側(今津側)は海側にもタイルの道路やベンチも設置されきれいになっていました。 以前なかった埋め立て地ができたため、台風がきても防波堤の上まで届くような波がくなくなったのので防災の部分を減らして公園として整備されきれいになったのだと思います。きれいになったと言っても自然に戻したのではなく、一部の人工物を壊しまた新しいコンクリートで人工物をつくただけです。 厚生年金プールは飛び込み台が滑り台に変わった以外はほとんど同じ状態で放置されていました。コンクリートでつくったかばやクジラ、貝の滑り台もそのまま残っています。 鳴尾浜公園は砂場の真ん中に海賊船のような大きな船が造られた以外変わっていないように見えました。 東甲子園小学校跡 僕が通った東甲子園小学校は3年ほど前廃校になりとうとう建物もつぶされてしまいました。学校の跡には老人用の施設が建設されるそうです。僕が入学する前の年に造られた建物なので一番古い建物でも30年しか使われなかったことになります。どのような施設を造るのかはわかりませんが、古くない建物を更地に戻して建て直すのは良策ではないと思います。西宮は土建行政、土建政治しかできないのかなあ。税金を納めている市民としてはもう少し頭を使ってほしいところです。 甲子園界隈の写真集