2000.3.18-20 北海道 僕が初めて北海道に行ったのは大学院生の時です。そのときは函館、小樽、札幌、上川(層雲峡)、網走、知床、野付岬、根室、摩周湖、苫小牧と道南から道東にに抜ける旅でした。そのときに残しておいた、道北に行きたいと思い、北海道に発ちました。 2000.3.18 北海道へ いつもの事ながら、予約が取れていない状態で伊丹空港に向かいました。今回は、スカイマークエアラインズという予約なしで当日乗っても安いという航空会社で行きました。前日まで空席があったのですが、当日行ってみると満席の札がかかっています。並んでキャンセル待ちで乗ることができました。(帰りは残念ながら満席で乗れませんでした。)なぜ安いか。 まず椅子が狭い=たくさん乗ることができる。15年ぐらい前の大きさの椅子です。 サービスが限られている。電話予約のフリーダイアルがない。予約の電話窓口に電話をかけても20回に1回ぐらいしかかからない。機内の飲み物はリンゴジュースと烏竜茶のみ。おしぼりがでない(今はどこも出なくなってしまいましたね)。便数が少ない。おそらく取り扱うエージェンシーが少ない(JRの窓口では取り扱わない) 空港の窓口が小さいので混む。(今回は出発時刻の10分後になっても搭乗手続きをしていました。) 悪いところを探すとたくさんあるのですが、素晴らしいのです。 全日空だと伊丹−千歳は30,850ですがスカイマークだと18,000全日空の58%の値段です。上に書いた悪い部分が11,000円程だと思うと十分魅力的だと思います。 2000.3.18 札幌 前回、札幌に来たときは北大と時計台と道庁しか見なかったと思います。 今回は藻岩山に行ってきました。まず駅前の雪印パーラーで昼食を食べ、大通りまで歩きました。大通りの真ん中にオブジェになりそうなぐらい曲がった自転車が展示ではなく放置されていました。そこから市電に乗り藻岩山ロープウェイ、リフトと乗り継ぐと藻岩山の山頂に着きます。札幌市内を一望でき、??山や、ジャンプの大倉山、スキー場のある??山を見ることができます。札幌市内を見おろすと本当に大きな街だなあと思います。2月に行った南大東島は開拓の人が入って100年、札幌は内地の人が開拓に入って120年ぐらいだと思いますが、今までに進んできた方向が大きく違うなあと感じさせます。 藻岩山の麓に古い建物を利用した喫茶店があるということなので行ってみました。旧小熊邸と呼ばれる建物でライトに従事した田上義也氏が設計した建物で、移築をしているのですが建具は当時のものが多く使われているものです。窓のさんや天井の造作は見事でした。 その後、父が亡くなる前に行って写真を見せてもらい大きく変わったなあと思った小樽の運河沿いに行きました。運河沿いにきれいな遊歩道が整備され(しかし雪が半分溶け氷水たまりになっていて歩けないのですが)ライトアップもされていました。倉庫の裏側にまわると倉庫の多くがきれいな店に改造されおしゃれな街になっているのでした。父の写真の通り変わっているなあと思いながら駅に向かい途中にあった、????で夕御飯を食べました。 稚内へは夜行の特急で行きました。寝台車がついていたのですが寝台車は売り切れ、座席の自由席は1台だけです。20分前に着くと1列で列んでいたのでその最後尾に列びました。2〜3分前になるとおばあちゃんやおばさんやおじいちゃんがどんどん2列目3列目に列びはじめます。さっきまで前から15人目だったのがいつのまにか30人目ぐらいになっていました。列車が着くとドアのないところに列んでいた人(入り口の札がかかっていないのでわかって列んでいたのかもしれませんが)がさらに列の横から割り込み、強烈な押し合いへし合いをしながら乗り込みました。大阪で同じ状況が起きたとしたら、罵声はもちろん、パンチも飛び交うのではないかと思えるぐらい無茶苦茶でした。北海道の人はおおらかだから割り込みを許せて、おおらかだから気にせず割り込めるという図式ができあがっているのかもしれません。僕はというと無事座って稚内へ向かいました。これとは逆に優先座席についてはまた状況がちがうのですがこれは別に書きます。 2000.3.19 稚内 稚内に着くと6:00、外は寒いので駅の待合室でうとうとした後、駅の近くをうろうろしに行きました。街中の道路が凍っています。北岸壁を見てバスターミナルでバスを待ちます。まず宗谷岬へ。バスで50分ぐらいの距離です。観光案内図の中央から右上までなのでほぼまっすぐな道で50分かかるのは北海道の大きさだと思います。そういえば夜行の特急も北海道の真ん中から北の端までなのですが7時間もかかるのもスケールが違います。間宮林蔵氏の像と記念写真をとり稚内市街に戻りました。 バスを乗り換えノシャップ岬に行きました。ノサップではなくノシャップです。ノシャップ岬の周囲は岬としては珍しく浅瀬になっていて、海に入って昆布を採っている人がいました。天気がいいので日差しは暖かいとはいえ水の中に入るのは相当寒いと思います。ノシャップ岬からは利尻島が見えます。富士山の裾野まで雪が積もっているように見えます。ノシャップには科学館と水族館があります。科学館の方は模様替えのため1月から3月まで休みで見ることはできませんでした。水族館の方は昔ながらの水族館なのですが、ひとつ今までにない体験をしました。水族館内も屋外は雪が積もっているのですが、その雪の上にゴマフアザラシが3頭もひなたぼっこをしているのでした。人が近付いても目をちらっと開けるだけで、すぐに目を閉じます。さすがに触ろうと手を出すと牙をむかれます。飼育員の人もいず道にアザラシが寝ているのは他では体験できないように思います。 昼御飯を稚内駅近くのいちふじで食べました。美味しいのですが大阪でも食べられそうなものばかりで少し残念でした。 2000.3.19 旭川へ 稚内に興味が尽きてしまい旭川に向かうことにしました。稚内より利尻や礼文のほうが面白そうなのですが、休み中に帰ることができなくなりそうで今回は諦めました。JRの普通に乗り旭川に向かいました。途中幌延で1時間の時間調整名寄で乗継ぎ30分などなかなか進まない列車ですがそのかわりいろいろなところに立ち寄りながら旭川に向かいました。250kmを6時間ぐらいかけて旅しました。途中止まっている時間が2時間ぐらいあったので結構速いのだと思います。 旭川に着いたのは8時頃、もう街中が凍り付いていました。歩道は凍っているし、タクシーはホイルスピンをしながら走り出すしやはり寒いところです。なにか食べようと思いのみ屋街に行くと、飲みに来ている人々が北の人だなあと感じさせるのです。仙台ののみ屋街を歩いている人と雰囲気が似ているのです。どう似ているのかは文字で説明できませんがとにかく大阪や東京ののみ屋街を歩いている人とは違うし、南大東島で飲み歩いている人とも違うのです。強いていえば北ののみ屋街を歩いている人の方がみんなで楽しんでいるという雰囲気があるのです。のみ屋街を一周半し梁山泊で焼き鳥を食べました。焼き鳥を注文すると塩ですかたれですかと聞いてくれるのも北の良さです。迷わず塩でお願いしたらおいしい焼き鳥が出てきました。大阪の知人に鶏が嫌いな人がいますが仙台から北海道のおいしい焼き鳥を食べると考え方が変わるように思います(K村さんのことです)。は焼き鳥と鹿料理と釜飯の店ということなので鹿のステーキと釜飯も食べました。焼き鳥と鹿のステーキが特にお薦めです。釜飯は特別なものではありませんでした。 2000.3.20 富良野、幾寅、大阪へ 旭川から富良野へ向かいました。富良野といえばスキー、ラベンダー、倉元そうとなにか面白いものがありそうだと期待したのですが街では特に何も見つけられませんでした。 富良野から帯広の方へ向かって鉄道員という映画で使われた古い列車が走っているということなのでその列車に乗りました。古い列車が走っているのではなく映画用に古くリメイクされた列車でした。幾寅という駅の前に映画で使われたセットが残されていました。駅舎も映画用に作ったものだということで子供の頃地方に行くとこんな駅があったなと思わせる駅でした。 そこから普通、特急と乗継いで千歳空港に向かいました。 帰りもスカイマークと思い何度も予約センターに電話をしたのですが話し中でつながらず、空港の窓口に着いた時には空席がなくなってしまっていました。安いので当日や前日予約する人を乗せなくても満席になるという強さか、電話がパンクしていただけかはわかりませんが電話ぐらいは通じるようにしてほしいと思います。満席のスカイマークを諦め、全日空で伊丹まで帰りました。こちらも満席でした。 2000.3.18 北海道写真集