97.12.20 分銅町の実家完成。街の木
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97.12.20 分銅町の実家完成。街の木
震災で倒壊した分銅町の実家が完成しました。
震災でもつぶれないようにということで、1階は鉄筋コンクリート、2階が木造という構造です。道路に面した部分が曲面になっていて、楽しい形をしています。
洋風の外観の家なのですが、震災以前に日本風の庭に植わっていた松の木が残っています。震災の時は震災直前に建て替えた家と、建てたアパートを除き全滅したので、この松の木が、この一角で一番古いものになるはずです。戦争後の木かどうかはわかりませんが、長い間分銅町を見続け、震災もしっかり見た分銅町の長老のはずです。
道路から見た外観
ロフトから1階を見た図
市のパンフレットなどを見ると木を植えましょうというようなことを書いてあるのでが、古い木はどんどんなくなってきているように思います。アパートや家が建つととってつけたような植木を植えているのは見かけますが、成長した大人の木は減ってきているように思えます。
神戸大学の近くにあるラペンテという喫茶店の方に聞いたところ、神戸大学の周りの枯れ葉を掃除しているのは、一部の近所の近所の方だそうです。大学に掃除してほしいと申し入れると、掃除する人の予算はないので、「枯れ葉が迷惑をかけている」のならば木を切るとの回答だそうです。近隣の人も借景をしているのだから少しは手伝う必要はあると思いますが、持ち主(管理者)が掃除もせずにいるのはちょっとおかしいように思います。話は飛躍するかもしれませんが、木を植えるというハードにはお金は使うが、メンテナンスするというソフトにはお金を出さないという日本的、あるいは日本の役所的な考え方が古い木を減らしているように思います。
震災前、会社(メックテクニカ)の付近の歩道には、植え込みと、背の高い街路樹がありました。震災後、共同溝工事をしたときに、まず植え込みがすべてひっこ抜かれました。そのあと、透水性の歩道工事の時、植え込みは復活せず、植え込みの部分もコンクリートブロックがひかれてしましました。隣の会社の前にあった背の高い街路樹は木は車の出し入れに不便だと言う理由で切られて、そこもコンクリートブロックになってしまいました。今、これはおかしいと申し入れをしにゆくと、歩道に植え込みようの部分を作る工事をし、新しく木を植えて復元しましたと答えられるのだろうなと思います。ハードづくりに手を貸してしまいそうで申し入れをすることにも消極的になってしまいます。
僕の友達の家に植わっている木の葉が落葉したときに、隣の庭に落ちるので掃除が大変だと苦情がくるということを聞きました。そのときはそんなものかなと思っていたのですが、その後、木の葉がすれる音がうるさいので木を切るように言われているということを聞きました。葉のついている木なので言っていることは事実だとは思いますが、非常に殺風景な街に住みたいのだろうかと思ってしまします。世の中の多くの人は木を見て、騒音の源だとは思わないと思いますが、そんなことを平気で言うことができる人がいることも悲しくなります。
今は街中や住宅地の木にはつらい時代なのです。もっとみんなで木を大切にしてゆきたいと思います。木は人間より長い間その街に生きてゆくのですから。