97.5.2-5.5 沖縄 慶良間列島 座間味島その1(浅井達也さん)
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沖縄 慶良間列島 座間味島その1
その1. 出発
出会ったばかりのMTBとともに、ペダルを踏みしめ、駅へと向かいました。
何年ぶりの自転車かな。ハンドルを握る手も、サドルにのるお尻も何となくぎ
こちない感じ。とりあえず、相棒は東加古川駅まででひと休み、彼には袋に入
ってもらい、9時に関西空港に到着。チェックインを済ませ、荷物と相棒を預
けます。お互いご無事でありますように。飛行機は定刻通りにプッシュバック
をはじめ、滑走路へ。飛行機も久しぶりなので、離陸の瞬間に心がわくわくし
ます。向うではどんなことがあるんかな。
フライトは順調そのもの。早起きだったので、途中一時間ほど居眠り。着陸
も極めて順調です。でも着陸の時が、飛行機の速さが一番わかる時と思うので
す。それは私にとって着陸の瞬間は地上が飛ぶように流れるのがよくわかり、
そして非常に速い速度でもって地上を車輪で走行する不安定さが感じられるよ
うな気がして緊張する瞬間だからです。車輪の接地ともに一気に減速、ゆっく
りとタキシングしながらランプイン、無事沖縄に到着、相棒との再会を待ちま
す。ご存じの通り相棒は別のところから誰の荷物よりも先に私の手元に。こり
ゃええわ。
次に空港で彼の目を覚さないといけません。おーい、ついたぞ。と言いなが
ら、彼を組立てます。空港で自転車を組立てる人はそういないみたいで、みん
な物珍しそうに見ていきます。ようやく、彼も目を覚まし、いざ出発。ところ
が、どちらにいったらよいのかわからず、空港の駐車場に入込んでしまいます。
自転車に乗った私をみて、ガードマンも表情を少しかえます。とにかく那覇市
内の標識を目印行こう!
その2.逆風
午後1時少し過ぎ。いよいよ、那覇市の中心地へ。今晩の宿に荷物だけ預けま
す。今になれば、身の程知らずもほどほどではあるのですが、沖縄南部地方を
ぐるりと一周しようとのたくらみ。今日の那覇は晴れながら、風が非常に強く
感じられます。早起き、相棒を担いでの関西空港のまでの道のり、ほとんど初
めて乗る新しい相棒、年齢とともに低下している脚力、スタミナ。かなり疲れ
ています。でも、新しい土地にきた緊張感、うれしさで、頑張ってペダルを踏
みます。それにしても、ペダルが重いような気がします。目指す方向はどこま
で行っても向い風が強く吹きます。
あー。思い通りにならない。疲れはてて、計画は断念することに。
まあ、考えてみれば無謀な計画です。南部一周は何十キロもあるのです。
とうとう、途中にあった豊見城城跡公園で休憩。市内に戻ることに。
3.フォークダンスと野戦病院跡
公園では地元の高校生らしき人たちがフォークダンスを踊っています。フォ
ークダンスなんて中学生以来していないあ。彼らを尻目に疲れはてて公園のベ
ンチで居眠りします。目覚めて空を見ると夏特有のもくもくとした雲の切れ間
から本当に青い空が見え、沖縄に来たことをしみじみと感じます。今年の夏は
長そうだなと勝手に思う。
居眠りしているベンチのすぐ横に、陸軍野戦病院跡の案内看板があり、フォ
ークダンスを終えた数人の女子高校生?がきゃーきゃー言って病院跡のある方
の階段を下りていき、またもどってきます。なにをそんなに騒いでいるのかな。
私もいっていみると病院跡の入り口はひっそりしていて、中は真っ暗で様子が
全くわからず、何かお化け屋敷に入るような感じ。中に入ると、空気は湿り、
外の音は全く聞こえず静寂と瓦礫の山。
小さな看板が戦争の時にここが病院のどういう場所だったかを示してあり、
当時の悲惨な状況、それも表現を全く和らげることなく、この病院で看護に従
事した人の証言が書かれています。私はこの場所で、それを読むことで強いシ
ョックを受けました。以前から戦争のことを考えることがあったのですが、改
めてこう思いました。今の日本という国はこうした人々の犠牲の上にあって、
それは絶対に避けられない事実なんだなと。それは私自身が今ここに存在する
のは無数の人々の喜びや悲しみの結果であるのと同じように日本という国もそ
うなんだなと。偶然ではありながら、自然とこの場所にたどり着いたのは何か
理由があったのかも知れません。
つづく。
浅井達也