97.3.30 東京にて


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97.3.30 東京にて

 東北大の本間研時代に同じ研究をしていた栖原氏の結婚パーティーに参加するために東京へ行って来ました。結婚パーティーのほうはなかなかやるなと思う内容で、今まで参加した結婚披露宴orパーティーの中で僕が好きなタイプのパーティーでした。(内容省略)
 夕方からのパーティーだったため、チェックアウト寸前まで寝たのちぶらぶらと街を歩きに行ってきました。
 昔から行きたかったAXISギャラリーというところに行ってきました。工業デザインに関連する店と会社の入ったビルで、日曜日に行くと2/3ぐらい閉まっていて、開いているのは少しの店だけでした。僕は文房具を売っている店しか知らなかったのですが、レストラン、パーマ屋(デザインした髪型を売る店)日用品の店、文房具の店、陶器の店などがあいていました。
 一応見るだけ見ていこうと思って入った陶器の店は、半分が通常の(ある程度量産されている)陶器を扱ってい、残りの部分で展示をしている店でした。通常の陶器を扱っている部分は、僕でもわかるものをたくさん置いてあったのですが、展示をしているところに置いてあるものは、世界が違うと思うようなものがたくさん置いてありました。べこべことへっこんでいて、向こう側が透けて見える(穴があいている)壷や、口の部分がいがんでついている壷、亀の甲羅が両面にはりあわされたもの、粘土の板、などぱっと見たときには僕には全くわからないものでした。これらの作品を造られた方は足立直子さんと言う方で、足立さんが会場にいらしたので、話を聞くことができました。足立さんはなになに焼きという型より、素材の暖かさを感じるものをつくりたいと思って創られたそうです。僕のように用途や便利さでまず判断してしまう人にはぱっと見て理解するのが難しかったのも納得できましたし、たしかに上から見えるところだけでなく、裏や底まで表面と同じように処置がされていて、足立さんがいわんとすることが少しだけわかったような気がします。
 足立さんとの話の中で、一番印象的だったのは先ほどの口の部分がいがんでついている壷の話で、「唄う口」といって、壷の口が唄っているうちに楽しくなってじっとしていられなくなっているんだという話には、へーっと一気にいろんな作品がわかったような気になれました。(おそらくまだわかってないと思いますが.....)僕が「いがんでいる」と思ったのは、「じっとしていられない」ということだったのです。説明してもらえば僕でも楽しむことができたのですが、色々な角度から物事を見ることができれば自分だけでもっといろいろなことを楽しめるんだなと思いました。
 僕の陶器をはじめとする美術品というものを見る見方を少しは変えたできごとでした。