97.2.14-16 青森に行って来ました
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97.2.14-16 青森に行って来ました
97年2月14日〜2月16日青森へ
2月13日の夜どこかに行きたくなり、2月14日の青森行きの夜行「日本海」に乗り青森に向かいました。
今年の正月2日の夜から5日まで、青森にローカル線に乗りながら雪を見に行こうと思っていたのですが、風邪をひき行けなかったので、気持ちは青森に向いていたうえ、1週間ほど前雑誌で南部縦貫鉄道が廃止される(この鉄道に乗ってみたかった)という記事を見て、急に行きたくなり行ってきました。
14日
敦賀駅にて
夜行に乗っただけ。敦賀駅で駅員の方と話したのですが、例年であれば敦賀でも雪を十分見ることができる(雪がたくさん積もっている)のだそうですが、今年は雪がなくそのかわりに重油があるとのことでした。そういうことを聞くと重油回収にも行かねばと瞬時だけ思うのでした。
15日
冬の日本海
夜行を東能代で降り、東能代から海岸線を走る五能線というローカル線に乗り冬の荒れた日本海を見る予定でした。しかし、15日は晴れた穏やかな日で日本海も大変穏やかで全く「冬の日本海」を感じさせませんでした。十二湖、深浦、鮫ヶ浦とまわり、五所川原まで3時間半、穏やかな冬の日本海を見てきました。
ストーブ列車
五所川原からストーブ列車(石炭のだるまストーブが列車にある)の走っている津軽鉄道に乗り金木を通過し、中里まで往復してきました。
行きは混んでいたのでゆっくり座ることができず、デッキで外を見ていました。その列車は昔国鉄で走っていた扉が閉まらないタイプ客車で、もうこんな列車に通常の時にはのれないのだなと少し悲しく思いました。子供(小学生)の時にドアを開けて段差の所に座って乗っていると車掌がきて閉められ、車掌がいなくなるともう一度あけて外を見ていたのをなつかしく思いました。
帰りは人が少なく、ストーブの前に座り、車掌さんの好意(?)で石炭をガンガンくべてもらい、暖かい日和の中、暑いストーブを眺めてきました。川崎からきたというお姉さんがた(おばさんというと一発飛んでくる???)がするめと、日本酒と、だんご(ずんだとごま)を買ってきて、ストーブを囲んでするめを焼きはじめ、そこに座っていた僕と、2人組の男の人(20歳ぐらい)はするめと日本酒をごちそうになりながら五所川原に向かいました。
五所川原
五所川原で列車の待ち合わせが40分ほどあったので商店街を歩いてきました。魚屋に鮭の干したもの(名前を忘れた)がたくさんあり、干物や餅をたくさん買い込んでストーブ列車に乗ればもっとおもしろかったかな?と思いました。五所川原の本屋さんには津軽弁のカセットや本がたくさんおいてありました。大阪の人はどこに行っても大阪弁で話す(話す人が多い)のですが、ぼくが仙台にいた頃は東北の人はできるだけ標準語に近づけて話すように気遣っていたと思います。親切だとは思うのですが、自分の地域(自分の地域の言葉)にもっと自信を持って自分の言葉でまず話したらいいのに、通じなければ少しづつ歩み寄っていったらいいのにと思うので、津軽の人もそうなってほしいなと思います。僕の偏見ですが、福岡、広島、岡山の人(当然大阪も)は土地の言葉で電話をかけてきます。東北の人はまず、標準語に近い言葉で電話をかけてくるように思います。西日本の方が地域性が強い(適切な日本語がわかりません)ように思います。
その後弘前の街中をうろうろし、青森へ向かいました。
青森では駅前の安いホテルには2箇所に蹴られ、少し高い(全部で6900円)のホテルに泊まり、夕御飯を食べに行きました。
青森でおいしかった店(一八寿司)
ガイドブックに載っていた一八寿司という店に行き、お造りとお寿司を食べてきました。10時閉店で9時15分に行ったので、ご主人いわく珍しいものがあまり残っていないとのことでしたが、大阪では食べられないものを食べさせてほしいとお願いし、かわったものを食べさせてもらいました。
剣先いかのお造り 胴だけでなくひれ(?)の部分や足も刺身になる
はじめて食べたいかの足がおいしかった。
しゃこ貝(だったはず)のお造り
たこの白子のゆでたor蒸したもの 味がない
(味がないものだそうです)
たこの・・のゆでたor蒸したもの 柔らかい
毛ガニのかにみそ はじめておいしいと思ったかにみそです
にぎり 生の剣先いかのにぎりもいただきました
お酒を飲みながら聞いた話を思い出しながら書いているので間違えがあると思います。
店のご主人(と呼ぶのが適切なのかな?)がおっしゃるには、このシーズンが一番魚類がおいしいということで、いかでは、冬の剣先いかは、夏にたくさんとれる真いかより水揚げは少ないがおいしいとのことでした(おいしかった)。ほたてがおすすめということでしたが、残念ながら切れていました。
おなかいっぱい食べて5000円しないという、安くてとてもおいしい店です
一人で行き、店に人が少なくなってからいったのもあり、ご主人からいろいろと話を聞かせもらい楽しくておいしい夕食でした。
15日
朝、野辺地へ
南部縦貫鉄道
すごくたいそうな名前の鉄道なのですが、昭和38年頃の開業以来60人のり(今は27人乗りになっている、調子が悪いのかな)レールバスが走っているというローカル線です。
なぜこの鉄道に乗ってみたかったかというと、日本で唯一(だと思う)手でギアチェンジをしながら走る列車だからです。バス用のエンジンとバス用の4速変速機と....とほとんどの部分がバス用のものです。出入口もバスのドアが両側についていてクラクションもバスのクラクション、変速ギアもバスの床から生えた長い変速レバー、屋根の高さも昔のバスの高さ(頭を打ちそう)というバスが線路の上を走っている乗り物です。
野辺地から七戸まで、雪景色の中の田圃と林の中をほぼまっすぐに20km走る、風景になる(乗っている人からは見えませんが)列車です。列車も線路もがたがたになっているみたいで50km/h位しかでないのに揺れながら走っているのも風流です。
七戸の駅前にはジャスコが一軒だけ建っていて、新幹線の駅が将来できる(はず)ということを想像するのはなかなか難しいところです。
野辺地までの帰りは行きとは違いすいていてのどかな列車でした。
野辺地から青森まで特急に乗り、居眠りをし目が覚めると雪が降りだし、とうとう雪が降ってきたと喜びながら外を見ていると、すぐに盛岡に着きました。盛岡で電車から降りると残念ながら雪は雨にかわっていました。
新幹線で仙台まで行き、仙台在住の友達とだべっているうちに飛行機の時間になり1時間とすこしでまた大阪に戻ってきてしまいました。